人生の豊かさと幸福を実現する方法 |

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相互依存への道①

水曜日 10月 31, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋 

「七つの習慣」は、つながりのない断片的な行動規範ではない。それは正しい原則に基づいた順序立った、極めて総合的な、私たちの生活や人間関係の効果性を向上させるアプローチである。
この「七つの習慣」を身につけることにより、次第に依存から自立へ、そして自立から相互依存へと成長してゆく。
人は皆、最初は依存しきった赤ん坊として人生を始める。誰かほかの人によって方向づけられ、育成され、養われる。
もし誰かの保護がなければ数時間、あるいは数日間しか生きることはできない。
しかし年月が経つにつれて人は徐々に肉体的に、経済的に、知的に、そして精神的に自立していくことになる。
基本的に自分のことは自分でやり、自己決定のできる、独立した人間に成長していくのだ。
さらに成長と成熟を続けると、自然界の全ての要素は相互依存関係にあるということを意識するようになる。
つまり、自然界やわたしたちの社会のすべては、生態系的なシステムで成り立っていることに目覚めるのである。
そして、自分の本質の最も崇高な部分は周りの人との関係にかかわるものであり、人間の生活そのものも相互に依存し合っているということが分かるようになる。


習慣の三つの要素②

木曜日 10月 25, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋

また、相手の話をきかなければならないということが分かっていたとしても、そのためのスキルがないかもしれない。
つまり、ほかの人の話を深く聴く方法を知らないということである。
しかし、聴く必要性を知り、聴くスキルを持っていたとしても、それだけでは不十分である。
聴きたいという気持ちが無い限りは、習慣にはならない。
つまり、やる気が必要なのである。
習慣にするためには、この三つの側面をすべて育成しなければならない。
この成長と変化のプロセスは、上向きの螺旋状の循環である。
つまり、自分のあり方を変えることらよって見方が変わり、見方が変わることによってさらにあり方が変わるのである。
知識・スキル・やる気のレベルが高まるにつれて、古いパラダイムから解き放たれ、生活や人間関係がさらに高い効果性の領域に入ることになる。
そして、このプロセスは常に上向きに続く。


習慣の三つの要素①

水曜日 10月 24, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋 

習慣は、知識スキルやる気という三つの要素からなっている。
知識は、「何をするか」または「何故それをするか」という二つの質問に答えてくれる。
スキルは「どうやってするか」を示すものである。
やる気は動機であり、「それを実行したい」という気持ちである。
生活の中で習慣を確立するためには、この三つの要素がどれも必要である。

常に自分の意見を述べるだけで人の話を聴かなければ、友人・同僚・家族など周りの人との関係はうまくいかないことになるだろう。
そこで、正しい人間関係の原則を知れば、聞く必要性が理解できるようになる。
つまり、これは知識の問題である。


人生の扉を開く「七つの習慣」②

木曜日 10月 18, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋 

人格は繰り返す行動の総計である
それゆえに優秀さは単発的行動にあらず、習慣である

アポロ11号が月へ行き、はじめて人類は月面を踏み、そして地上に戻ってきた。
それを見ていた私たちはテレビに釘付けにされた。
ただただ興奮して見守るばかりだった。
「すごい」とか「信じられない」とかいう最大級の形容詞を使っても、とてもその感動を十分に表せるものではない。
しかし、そこまで到達するのに、宇宙飛行士たちは、文字通り地球の強い引力を克服しなければならなかった。
ロケットが上昇する最初の数分間、数キロで必要としたエネルギーは、それから後の数日間、約七十万キロにもおよぶ旅をするために使用したエネルギーをはるかに上回るものであった。
それと同じように、習慣も極めて強い引力をもっている。
それはたいていの人が考えている以上のものである。
後回し、短気、批判、わがままなど、生活を支える原則に反する深く根付いた癖を捨てることは、弱い意志とわずかな努力だけでできるものではない。
しかし、その引力からいったん脱出すれば、全く新しい次元の自由を手に入れることができる。


人生の扉を開く「七つの習慣」

水曜日 10月 17, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋 

人格は繰り返す行動の総計である
それゆえに優秀さは単発的行動にあらず、習慣である

わたしたちの人格は、繰り返される習慣の結果として育成されるものである。
昔の格言に「思いの種を蒔き、行動を刈り取り、行動の種を蒔いて習慣を刈り取る。
習慣の種を蒔き、人格を刈り取り、人格の種を蒔いて人生を刈り取る」というものがある。
習慣が私たちの生活に決定的な影響を及ぼしている。習慣によって無意識のうちに生活のパターンが決められ、人格が育成され、そして生活そのものが効果的あるいは非効果的なものになってしまう。
偉大な教育者だったホーレス・マンは次のように表現している
「習慣は太い縄のようなものだ。毎日一本づつ糸を撚り続けると、やがてそれは断ち切れないほどのものになる」。
今私たちが、実践すべき行動は、成功のためのアクションを習慣づけて、一日の行動のなかに
習慣として、何個アクションを織り込みつづけることができるかを説いている文章です。
あなたは、今日一日、何個成功のためのアクションを織り込むことができましたか?


インサイド・アウトという新しい考え方のレベル

火曜日 10月 9, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋 

「7つの習慣」は、この新しい考えのレベルを提供してくれるものである。それは原則を中心におき、人格に基づいた個人の成長、または有意義な人間関係の育成についてのインサイド・アウト(内から外へ)と呼ぶべきアプローチである。
インサイド・アウトとは、自分自身の内面(インサイド)を変えることから始めるということであり、自分自身の根本的パラダイム、人格、動機などを変えることから始めるということである。
このアプローチによれば、あなたがもし幸せな結婚生活を送りたければ、積極的なエネルギーを生み出し、消極的なエネルギーを消し去る伴侶になるということである。
子供が、明るく協調性のある人間に育ってほしいと思うならば、子供への理解を深め、子供の視点に立ち一貫した愛を示す親になるということである。
仕事でもっと自由な裁量が欲しければ、より重い責任を引き受け、力を尽くし、貢献できる従業員になることである。
信頼されたければ、信頼性のある人になることである。
才能を認められるという二次的な成功が欲しければ、まず人格と能力を向上させるという一時的な成功に焦点を合わせることである。
インサイド・アウトの考え方では、私的成功が公的成功に先立つ。
つまり、他人に対して約束をし、それを守る前に、まず自分自身に対する約束をしその約束を守らなければならないということだ。


問題の見方こそが問題である②

月曜日 10月 8, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋 

「やらなければいけないことが山ほどたまっている。いつも時間が足りない。毎日毎日、朝から晩まで追われっぱなしだ。
時間管理のセミナーに参加してみたし、いくつものシステム手帳を使ってもみた。しかし、それでもまだ自分が思うような充実したバランスのとれた生活はできていない」
個人主義の教えによれば、何か新しい手帳やらセミナーやらによってもっと効率よく行動し、こうしたプレッシャーを緩和させる方法があるはずだという。
しかし、効率を上げることが、本当に問題の根本的な解決になるのだろうか。もしかすると効率を上げることによって、今自分の人生をコントロールしている状況や人に反応する速度が早まるだけではないか。
もっと深く根本的に見なければならないことはないだろうか。
時間、人生、自分自身についてのパラダイムがこの問題をつくり出しているということはないだろうか。

個人主義によると、人の気持ちを湧き立たせる方法を教えてくれる新しい書物やセミナーを利用することによって、妻との理解を深めることができるようになるという。
いや、あるいは、必要としている愛を得るには、新しい相手や新しい関係が必要なのかもしれない。
しかし、本当に問題なのは妻だけだろうか。
妻の欠点に対して過剰に反応し、自分の生活や幸せをすべて彼女の行動に依存させてはいないだろうか。
妻とは、結婚とは、愛とは何なのか、ということに対する基本的なパラダイムが、問題を肥大化させてしまってはいないだろうか。


問題の見方こそが問題である①

日曜日 10月 7, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋

正しい原則に沿って充実した生活を送っている人や、繁栄している家族あるいは成功している組織を見ると、人は驚き、そして強い関心を示す。
成熟した人格を持つ個人、一致協力している家族、事業環境の変化に素早く柔軟に対応できる組織文化に、敬服するのだ。
そして、次に「どうやればいいのですか。コツを教えてくれませんか」と訊く。
そうした質問をする人の基本的パラダイムがそこからうかがい知ることができる。
本当に訊きたいのは「私の問題を一刻も早く解決してくれるような、手っ取り早い応急処置的な解決方法・アドバイスを与えてください」ということである。
そうした質問に応えてくれる人は簡単に見つかるだろう。そして短期間においては、とりあえず教えてもらった解決方法やスキルあるいはテクニックも効き目があるように見えるだろう。
鎮静剤やバンドエイドのように、急性の痛みをしばらくの間は和らげてくれる。
しかし、表面下にある慢性的な問題はそのままであり、すぐに別の新しい急性の症状が表れてくる。
急性の問題や痛みに対して、応急処置ばかりを続けていれば、やがてはその対応自体が表面下に隠れている慢性的な問題をかえって悪化させる結果になる。
つまり、問題の見方が問題なのだ。


成長はプロセスである

土曜日 10月 6, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋

ある時、友人の娘ふたりが泣きながら私のところに相談にやってきた。
それは、父親の厳しさと理解のなさの悩みであった。彼女たちは父親の反応を恐れ、自分たちの気持ちを素直に打ち明けることができずにいた。
しかし、二人は、両親の愛、理解、導きなどを必要としていた。
私は、彼女たちの父親と話合ってみた。彼は頭では状況を理解していた。
ところが、自分は短気だと認めはしたものの、そのことに対する責任をとったり、自分の精神レベルの低さを認めたりはしなかった。
改善への第一歩を踏み出すようなことは、彼のプライドが許さなかったのである。


原則中心のパラダイム

金曜日 10月 5, 2007

スティーブン・R・コヴィー著
「七つの習慣」より抜粋

訓練艦隊に属する二隻の戦艦が、悪天候の中、軍事演習のため数日間にわたり航海を続けていた。
私は先頭を行く戦艦のブリッジで夕暮れを迎えた。
視界が悪く断片的に霧がかかっていたため、艦長もブリッジに残り、状況を見守っていた。
暗くなってから間もなく、ブリッジの見張りが次のように報告した。
「艦首の右舷側の進路に光が見えます」
「停止しているのか、船尾の方向に動いているのか」
と艦長。
見張りの答えは
「停止しています、艦長」
つまり、その船はこちらの進路上にあり、衝突の危険があるということだった。
艦長は信号手に命じた。
「その船に対し、信号をだせ。衝突の危険があるため、二十度進路を変更せよ、と」
相手からの信号が返ってきた。
「そちらの方が二十度進路を変えるよう助言する」
艦長はふたたび命令した。
「信号を送れ。私は艦長だ。二十度進路を変えるように」
すると
「こちらは二等航海士だ。そちらの方こそ二十度進路を変えるように命令する」
と返事は返ってきた。
艦長は怒り出し、
「信号を送れ。こちらは戦艦だ。二十度進路を変えろ」
と叫んだ。
点滅する光の信号が返ってきた。
「こちらは灯台である」
我々は進路を変えた。