人生の豊かさと幸福を実現する方法 |

RSS Feed

人生のビジネススクール

金曜日 10月 31, 2008

ロバート・キヨサキ著
「金持ち父さんのビジネススクール」より抜粋

飛行学校でいちばん良かったことの一つは、ベトナム戦争から帰還したばかりのパイロットから訓練を受けることができたことだ。
実体験から話しをしてくれた。
ビジネススクール(経営大学院)の授業も短期間受けたことがあるが、そこで私が感じた問題は、教師の多くが実生活でビジネスを全く経験していないということだった。
実際のビジネス経験のない教師は、会社の創業ではなく従業員であり、たいていは中間管理職だ。
私はMBAをとるために、ハワイにある伝統的なビジネススクールに通っていたとき、どこかの大企業で働く中間管理職が教えるマネジメント「論」や経済「論」を学ぼうとしている自分に気づいた。
ビジネス経験のない先生は、学校制度の外に一度も出たことのない人だ。
つまり彼は、五歳で幼稚園に入ってからずっと学校制度の中にいるにもかかわらず、学生たちに実社会について教えようとしているということだ。
とんだお笑い種だと私は思った。


「教育プラン」で大切なこと③

木曜日 10月 30, 2008

ロバート・キヨサキ著
「金持ち父さんのビジネススクール」より抜粋
飛行学校時代から何年もたち、同期のパイロットの多くは、ビジネス界でも大きな成功をおさめるようになった。
同期生が集まって昔の話に花が咲くと、決まって出るのが、今日のビジネスの成功に大きな影響を与えたのは、飛行学校で受けた訓練だという話しだ。

つまり私の言う「人生を変えるビジネス教育」とは、イモムシをチョウに変えるほどの強力な教育、いわゆる「変態」というプロセスを意味している。
ネットワークビジネス会社の教育プランを研究するなら、あなたの人生をそれくらい大きく変えるような、パワーのある教育プランがお勧めだ。
ただ注意すべきことは、飛行学校と同じで、誰もがプログラムを修了できるわけではないということだ。


「教育プラン」で大切なこと②

水曜日 10月 29, 2008

ロバート・キヨサキ著
「金持ち父さんのビジネススクール」より抜粋

トム・クルーズ主演の映画『トップガン』は、最も優れた「イモムシ」たちが「チョウ」になった話しだ。
ベトナムに向う直前、私もカリフォルニア州サンディエゴに駐留していたが、そこにあの「トップガン」の学校があった。
私はこの名門校に入るほどの優秀なパイロットではなかったが、映画の中で若いパイロットたちが見せていた活気と自信は、出兵に備えていた私たちの大半が感じていたものだった。
私たちは、規律の面でも、身体的、頭脳的、感情的な面でも訓練を受け、飛ぶことのできないだらしない若者から、普通の人なら逃げ出すような試練にも立ち向かう覚悟のできた若者に変身した。
それは、私だけでなく仲間のパイロット訓練生にも見られた変化だったし、これこそ私の言う「人生を変える教育」なのだ。
飛行学校を卒業してベトナムに向けて出発すると、私の人生はがらりと変わった。
私は、飛行学校に入ったときの自分とは全くちがった人間になっていた。


「教育プラン」で大切なこと

火曜日 10月 28, 2008

ロバート・キヨサキ著
「金持ち父さんのビジネススクール」より抜粋

私の本を読んだことのある人なら、私が教育者の家庭で生まれ育ったということはしっているだろう。
父はハワイ州の教育局長だった。
家族はみな教育者だったが、私は伝統的な教育がきらいだった。
議員の推薦でニューヨークの有名な連邦士官学校に入り、理学士号を取って卒業したが、伝統的な教育の世界にはうんざりしていた。
形だけは学生をやって卒業したものの、やらされ勉強にやりがいや興味を感じたことは、ほとんどなかった。
卒業後は海兵隊に入隊し、フロリダ州ぺんさこらで米国海軍の飛行訓練を受けることを許可された。
ベトナム戦争が始まっていて、パイロットの養成が急がれていたのだ。
パイロット訓練生のときに私は、面白くて挑戦しがいのある教育を見つけた。
「イモムシをチョウにする」というのは、たいていの人が耳にしたことのある、使い古された決まり文句だ。
そう、飛行学校ではまさにそれをやるのだ。
入学したとき私は、四年間の軍事訓練を受けて将校になっていた。
だが飛行学校に入る学生の多くは、民間の大学を出たばかりで、たしかにイモムシに似ていた。
ヒッピー全盛の時代だったから、民間服姿で長髪、あごひげや口ひげを生やし、中には靴ではなくサンダル履きもいるという風変わりな連中が、人生を変える教育プログラムの始まりを立って待っていた。
訓練を無事に終われば、二、三年で彼らもチョウになる、そう、世界で最も過酷な飛行任務をこなせるパイロットになるのだ。


健体康心

月曜日 10月 27, 2008

よく、「健康」という語句を会話の中で使う。
今まで、成功哲学、成功法則の数々の書籍を読んできて、思い悩み、
幸せになるには、成功を掴むにはと考えてきた。

偶然にも手にした雑誌の中に以下の文章があり、自分の思い違いに気がついた。

───────────────────────────────
健康とは、健体(すこやかな体)と康心(やすらかな心)のことである。
体を健やかに保つこと。
それは天地から体を与えられた人間の務めである。
そしてそれ以上に大事なのが、心を康らかに保つことだ。
体が丈夫でも心が康らかでなかったら、健康とはいえない。
いや、たとえ体が病弱でも心が康らかなら、生命は健やかである。
これは人間個々から小さな組織、国家まで、あらゆる生命体にいえることであろう。
───────────────────────────────
身体が健康で、心が康らかでない現代人には、衝撃的な言葉ではないだろうか。
不平不満、悪口、非難、怒り、妬み、嫉みと
心が康らかでない人々のなんと横行していることか。

そんな人ほど、幸せになりたい、成功したいと口にする。
心が康らかであれば、喜びと感謝が溢れ出てくるはずだろう。
「ありがとう」「幸せ」「うれしい」「感謝します」の言葉を出せる人は
心が康らかな人と思える。

『五医』安岡正篤

一、欲を少なくして惑を医す
二、静坐して躁(がさつさ)を医す
三、事を省いて忙を医す
四、友をえらんで迂(にぶさ)を医す
五、書を読んで俗を医す

自分への戒めとして、五医を実践し、心を康らかに保ち、
文字通り健康でありたいと願う。

致知WEB